2009年4月20日月曜日

医学部M.D.と薬学部Ph.D.

週末に福井大学で、「痛みの機序」のお話をさせていただいた。5年生と一部6年生に向けた講義では、6年生は熱心に聞いてくれたが、5年生の一部は入眠に陥り覚醒不能であった。他方、その後の初期研修医への講義では、麻酔業務後にもかかわらず、それなりに話を聞いてくれた。

そもそも、「痛み」について、学生や研修医が興味を持っているはずがないので、上出来だったと思う。僕だって20年近く前、元ボスから「痛みを専門にせよ」と言われた時、「痛み」が男子の本懐になるとは思えず、しばし茫然としたからね。痛み研究をライフワークに決めるまで、随分と時間がかかった。もっとも、医学部5年生では、痛みは勿論のこと、iPS細胞の話でも、入眠するに違いないけどね。そして講演後、福井の教室の方々のお話をいろいろ聞くことができた。手術室も素晴らしく整備されていたし、薬物のpharmacokineticsも電子チャートに入っていたし、信州のお手本になることが多かった。

その翌日、大阪で製薬会社の研究者の集まりに参加して、鎮痛薬の創薬について討議する機会があった。こちらは当然ですが、面白かったですね。立場は違っても、痛みという感覚(と情動)について、日頃から考えている者同士なので、いろいろと触発された。また、創薬に向かうプロセスと、M.D.が研究対象を選ぶプロセスはよく似ていると思った。勿論、前者の姿勢がより厳しいのは当然ですね。投資額だって、僕達の科研費 数百万円~数千万円とは桁が2-3つは違うだろうし、同じ社内といえども、部門外からのピア・レビューに常に晒されているだろうし。

しかし医者のルーチンワークとは違って、製薬会社の研究者はきわめて創造的な仕事ですね。そして、M.D. researcherがルーチンワークに時間を割かれることを考えると、薬学出身のPh.D.の方がむしろ優位ですね。さらに最近、M.D.のP.I.が薬学部に転じる傾向があり、その理由が薬学部の学生・院生の方が医学部よりやる気があって優秀なためと聞いたが、身近なM.D.と比較して首肯せざるを得ないと思ったね。こうして、将来、製薬会社の研究者の力で、是非とも麻薬(オピオイド)を超える鎮痛薬を開発して欲しいと願っている。そして、僕としても赴任後1年以上経ったので、いつもまでものんびりとはしてられず、そろそろ研究を前進させねばと思い、帰松した。

今週末は福井や大阪で、いろいろな刺激を受けた。じっくりとした体系的な仕事をするために、自然に囲まれた信州は最適だが、1-2回/月の週末は、刺激を受けに都会に出る必要があると思う。そうしないと、あっという間に、世間知らずで内向きな人間になってしまうぞ。北海道の後輩の方が、飛行機代が高いにもかかわらず、週末、東京などでの研究会や勉強会に熱心に出ているような気がする。信州は東京や大阪に近いのだから、教室の皆も、もっとどしどし週末に勉強に出て欲しいと思う。自ら働きかけ続けないと、事態は打開できないからね。

2009年4月14日火曜日

若い教室員は修行すべし

教室で文科省関連の科研費がいくつか当たり、欲しかった実験・臨床機器を購入できそうだ。来春の臨床研究棟の改築と合わせて、麻酔科のlabも研究に適した環境になることを期待している。とはいえ、今回通らなかったプロジェクトや、新たなプロジェクトについては、10月の申請に備えなくてはならない。そのためには、今から論文を投稿して業績化しなくては、次なる研究費獲得に支障をきたす。今回、科研費が通らなかった人を含め、教室員の皆の奮闘努力を期待したい。

さて、最近わが国ではMD researcherが減っている。「専門医指向」というのだそうだが、「○▲専門医」といった資格を得ようとするMDが増えて、研究を目指すMDが激減しているようだ。麻酔科は、臨床医学と基礎医学の間くらいに位置するイメージがあり、昔は学位を目指す人が多かったように思うが、今では学位取得を望まない人が増え、臨床に徹する傾向が強くなっている。だから麻酔科学の領域で、PIを目指す人は、もうシーラカンスみたいな存在なんだろうね。生きる化石として、臨床のlabで研究するMD researcherは、現在も将来も、臨床の仕事が終わった夕方や土日を実験日に当てざるを得ない。そこでMD researcherは、せっかくの夜や休日をどのような研究に費やすべきなのだろうか。

現在の研究とは、細胞膜にあるレセプタにある分子がつくと、それに応じて細胞が応答する細胞内シグナル伝達を進めるために、ある反応をする酵素キナーゼが存在する、そして、その反応を進めるためにも酵素キナーゼがあり、さらにその反応の触媒となるキナーゼキナーゼがあり、・・・・・・をすべて網羅・羅列することを目的化しているように思える。各研究者が発見したレセプタやキナーゼが、いかに生命現象に重要であるかを競い、最先端の生命科学の流行が作り出され、その流行の期間がますます短くなっていくように思える。

そもそも細胞内シグナル伝達では、外界に対応するだけなら、一段階の応答だけでいいはずなのに、なぜ何段もの構造が存在するのだろうか。加えて、各段階の反応を止めるために、脱リン酸化の酵素フォスファターゼが存在する。また、一つの酵素だけが対応しているのではなく、多くの酵素が関連して反応が進み、各経路は多くの枝分かれをした後、その枝がしばしば合流する。この冗長さは、分子生物学的な方法論に原因があるのではないか。つまり分子生物学的手法は、顕微鏡を見ながら森の中に入っているようなもので、細かい分子の動態が見え過ぎて、森全体の光合成を見るには適していないのではないかとすら思える。そして現在の科学者の仕事とは、自分が発見したレセプタやキナーゼのシグナル伝達機構を、羅列・枚挙することに一生を費やすことのように思える。

ゲノム、プロテオーム、メタボロームといった巨大研究プロジェクトも、羅列化、枚挙主義が目的化した果ての仕事のように思える。そして、個体全体の機能についての問いかけるのは科学の仕事ではなくなり、むしろ哲学の仕事へと回帰してしまったようにみえる。本来、分子生物学は、「人(ヒト)はどこからきて、どこへ行くのか(どうして死ぬのか)」という哲学的な問いかけに対し、科学的な回答を用意する学問と考えられていたはずなのに。このように、枚挙主義が一般化した現代の生命科学においては、西崎泰美氏が言うように、「最先端における新事実はお金さえかければいくらでも出てくる」ことになる。 つまりお金で科学業績(論文)が買えることになった。まぁ、一部、極論だけどね。

さて話をMD researcherに戻す。MD researcherにとって、貴重な夜や土日を実験に費やすのに値する研究とは何であろうか。少なくとも、羅列化や枚挙主義ではなかろう。枚挙主義の論文が通用するのは、最先端(科学的流行の?)領域であろうから、MD researcherは最先端(とされる)領域を少し避けるべきかも知れない。麻酔科学は、循環、呼吸、神経、免疫などの各ネットワークの関係性を探り、ヒトのホメオスタシスとは何かを問い続ける学問分野である。したがって、麻酔科におけるMD researcherは、各ネットワークが統合されたヒトの機能を見ていく上での「ものの見方、思想」が形成できるための実験をすべきだと考えている。具体的には、臨床を反映した個体モデルのin vivo実験にこだわり続けて、「ヒトの診かた」の体系を作る努力をすべきだろう。

とはいえ、MD researcherといえども、いやMD researcherであるが故に、最先端分野に参入しなくとも、Goldsteinが言うように、最先端の基礎的な研究手法と知識をしっかり学ぶことが不可欠である(http://www.jci.org/articles/view/112652 このGoldsteinの論文は大学院生に教えてもらった)。したがって、研究を指向する人は、若い頃にしっかりとした指導者のいるlabに研究修行に行くべきである。このため、僕達の教室でも、今春から大学院生には、生理研(井本研)や新藤研に行ってもらって、しっかりとした研究手法と論理的思考を学んで帰ってきてもらいたい。こうした修行は、研究を指向する人だけに該当するのではない。臨床を指向する若い教室員も、若い頃にしっかりとした機関や施設に臨床修行に行ってもらって、臨床上の新たな手技・手法と臨床医学の論理を身につけるべきである。こうして、要望に応じて、来春からいくつかの施設に臨床の勉強に行ってもらおうと計画中である。

若い時の苦労は買ってでもしろ、というじゃないか。僅かなお金につられて、しょぼい指導者しかいない病院で研修した人は、いつかそのツケが返ってくると思う。若者よ、若い時にこそ修行に出るべし。

2009年3月16日月曜日

神経男とTEE

大雑把な意見だけど、麻酔科医は神経男(女)と心臓男(女)に大別されるらしい。神経男(女)とは、麻酔の中枢作用や痛みの機序、あるいは局麻の機序なんかを脳波やニューロンの活動で研究するのが好きで、臨床に役立たなくとも、ああでもないこうでもないと議論している麻酔科医のことだhttp://www.jsnacc.jp/。一方、心臓男(女)とは、複雑なネットワークは嫌いで、理にかなった現象だけを対象にする傾向にあり、循環生理や心臓麻酔が好きで、どちらかというとああでもない、こうでもないと議論することは好まず、画像やデータをみてすぐさま対応するのが好きな麻酔科医のことだそうな。そして僕は典型的な神経男だそうな。

そんな僕が、経食道エコ-(Tranesophageal Echocardiography: TEE)の2日間のセミナーhttp://www.jscva.org/に参加してきました。吃驚しましたね、200人以上の若い麻酔科医の熱気に圧倒されました。勿論、僕のような熟年麻酔科医もチラホラいて、見知った顔もあったけど、会場を埋め尽くした大半は若い麻酔科医で、雰囲気から察するに、心臓男(女)が90%以上でしたね。2日間の講義を聞いて、心臓麻酔にTEEは必須の技術になったし、TEEを通じて麻酔科医の心臓/循環に対する認識が変わりつつあると思った。
 僕が若い頃に習った心臓麻酔は、通常のモニター、肺動脈圧、心拍出量に加えて、術野の心臓の張りと動きをただひたすらに観察して、管理する方法だった。拠り所はスターリングの法則だけでしたね。拡張障害なんて考えたこともなかった。心臓麻酔とは、ボリューム管理とカテコラミンの投与に尽きる、経験則に基づいた「術」でしかなく、「技術」ではなく、もとより「学」であり得なかった。TEEの出現が、心臓麻酔のあり方を一変させたといっても過言ではないのでしょうね。

勿論、20年前、僕のような神経男も、(ここまでとは思わなかったが)TEEが将来ポピュラーになるだろうという予感はあった。だから1991年に北海道の港町の病院に赴任した時、循環器内科医にお願いして、TEEを術中入れてもらい勉強しようとした。でも麻酔導入後は、「術前とあまり変わらないね」、体外循環からのウイニング後は、「機械弁だとよくわかんないね」、を数回繰り返して、循環器内科医も僕も興味をなくしてしまった。
 あれから18年の間、TEEという新しいテクニックが広がり、新しい知見・発見に繋がりそうで今日の活況を呈していると思う。でも多分、まだ新しいテクニックが認知されて、若いうちに習得しておかなくては、という段階の熱気に過ぎないようにも思う。つまり、ノーベル賞科学者のSydney Brenner言うところの

「Progress in science depends on ①new techniques, ②new discoveries and ③new ideas, probably in that order.」

のうち、今はまだ、①~②の始めくらいの段階ではないだろか。今後、②、そして③に到達できるかどうかに、若い人達の真価が問われるんだろうね。そのあたりにまだ少し不安がある。というのは、会場の熱気は、何かを生み出そうという熱気ではなく、素早く習っておかないと取り残される、というような熱気に思えたからだ。つまり駿台の夏期講習(これまた30年前しか知らないが)の熱気に似ていたように思う。
 ともあれ、神経男(女)達がああでもない、こうでもないといっているうちに、心臓男(女)達は着実に、TEEという道具を進歩させた訳で、今年は、神経男である僕も、TEEの世界に真面目に足を踏み入れようと思う。 教室でJB-POT勉強会をして、大量合格者を出そうよ、ねえ、菱〇君、△出君。

最後に、「経食道」ということもあり、食道がんになった高見順の詩を思い出した。やっぱ、魂-神経より食道かぁ。

-魂よ-
魂よ
この際だからほんとのことを言うが
おまえより食道のほうが
私にとってはずっと貴重だったのだ
食道が失われた今それがはっきり分かった
今だったらどっちかを選べと言われたら
おまえ 魂を売り渡していたろう
(略)
魂よ
おまえの言葉より食道の行為のほうが私には貴重なのだ
口さきばかりの魂をひとつひっとらえて
行為だけの世界に連れて来たい
そして魂をガンにして苦しめてやりたい
そのとき口の達者な魂ははたしてなんと言うのだろう
(略)

(高見順 死の淵より)http://www.amazon.co.jp/%E6%AD%BB%E3%81%AE%E6%B7%B5%E3%82%88%E3%82%8A-%E8%AC%9B%E8%AB%87%E7%A4%BE%E6%96%87%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E9%AB%98%E8%A6%8B-%E9%A0%86/dp/4061962167

2009年3月2日月曜日

羽田管制官とシンガポール研究者

NHKの番組で、羽田空港の管制官とシンガポールの研究者を主人公にしたドキュメンタリーを観た(「プロフェッショナル」と「NHKスペシャル沸騰都市」)。管制官の仕事は、「何事も起こさない」ことであるが、「何事も起こさない」ためには、管制官は、何かが起こるかも知れない、僅かな可能性をも想定し、リスクを回避し、未然に事故を防がなくてならない。
 
 一方、シンガポールは今、世界中からトップサイエンティストを招聘して、科学の世界で覇権を得ようとしているらしい。このために、何億円といった研究資金を一個人に投資して、成果を得ようとしている。その好条件に惹かれて、日本からシンガポールへと研究の場を移した研究者もいる。但し、その成果は、Nature、Science、Cellクラスの雑誌に掲載され、将来、特許や創薬に繋がることが必須のようだ。

僕も若い頃、(今となっては恥ずかしい限りだが)NatureやScienceに論文を載せたいと願い、基礎研究に励んだ時期がある。とはいえ所詮、臨床のlab.の未熟な方法論では、現象の完全証明は無理だと悟っていたが、それでも研究の方向性だけでも、Natureを目指したいと思ったものだ。しかしその後、次第に考えが変わってきた。Natureに載るような、ある意味、突飛で素晴らしい研究は、ホームランを狙うのに似ている。しかし、臨床のlab.での研究は、毎日バンドヒットを打つことではないかと考えるようになった。トップサイエンティストにしたらつまらないかも知れない。しかし、臨床医に求められている研究は、突飛な面白さを狙う仕事ではなく、奇を衒わない地道な研究の積み重ねにしかないと思うようになった。こう思うようになってから、ようやく自分の居場所がみえ、肩の力が抜け、自然体で臨床や研究に打ち込めるようになった。それまで羨ましく思っていた、基礎研究者のカッコイイ仕事ではない、自分の泥臭いin vivoの研究に、ようやく少し誇りを持てるようになった。

さて再び、羽田制官とシンガポール研究者の話に戻る。麻酔科医の仕事は、管制官の仕事に似ている。管制官は10機以上の飛行機を、風の方向を予測しながら、等間隔で飛行させるように指示を出し、高度が異なるヘリコプターの接近にも気を配り、何事も起こさず離着陸させる。一方、麻酔科医は、各臓器の機能を観察しながら、リスクを回避し何事も起こさず、無事に手術という侵襲から患者を守る。術中に何事も起こさないために、麻酔科医は存在するが、時に出血が止まらず、心筋虚血が改善せず、あるいは肺塞栓などで、危機的状況に陥ることがある。このような絶望的なジリ貧状態の中で、生体機能の起死回生となる画期的な治療法があればと、願うことがある。しかしこうした考えは、まさにホームランを狙うNature的発想かも知れない。そして、こうしたNature的発想は、残念ながら、麻酔科学の領域では即効性がないのではないだろうか。それは、試験管内の一個の細胞の動態すら、解明には程遠い生命科学と、複雑な多臓器間のネットワーク異常を、経験則を頼りに対処するしかない麻酔科学との間に、今後も、深くて暗い川が横たわり続けると考えるからだ。結局、僕たち麻酔科医は、今後もバンドヒットでつないで点を取り、重症患者を生還させる努力を続けていくことになるのだと思う。

さて、わが中学生の愚息は、上記のNHKの番組を観て、シンガポールの研究者の話には興味を示さず、羽田空港の管制官の番組にはいたく感動したようで、録画を繰り返し観ている。何が彼の琴線に触れたかはわからないが、輝かしい成果を目指す仕事とは別に、何事も起こさないことを目的とする人生にも意義を感じたくれたようで、麻酔科医の親としては望外の喜びである。職業の多くは何事も起こさないことを使命としており、臨床医学もまた、患者の体を使って医師の成果を求める(治す)ことよりも、患者を疾患や傷害から予防する(防ぐ)ことが、より重要な使命だと考えるからである。そして、誰からも褒められないが、麻酔科医こそが術中の患者の身体と尊厳を守っていると信じているからである。

2009年2月19日木曜日

Keep an open mind

カナダ トロント大学のKavanagh教授が講演に来られた。肺傷害-特に人工呼吸による肺傷害-の大家で、これまで数多くの重要な論文を出している。トロント大学病院は、年間手術数が1万5千件で、麻酔科のfacultyは58人とのことでした。僕達の3倍の手術数を、3倍近くのスタッフでやっていることになる。各部門の関連性や、運営上の資金のことなど、大きいところには大きいところなりの悩みがあるようで、問題の本質は組織の大小ではないと実感した。要は、大きいところも小さいところも、みんな苦悩しているということですね。

講演では、自身のlabからの豊富なデータをもとに、肺傷害には1回換気量、PEEP、サイトカイン、炎症細胞浸潤、すべてが関与しており、単一の共通のpathwayがなく、そのメカニズムはきわめて複雑だと述べられた。「人工呼吸による肺傷害」というような、ある意味、人工的な傷害モデルでも、メカニズムの解明が困難という状況に驚いた。僕は肺傷害の研究には門外漢だが、Kavanagh教授が最後に、こうした複雑な現象の解明のためには、「Keep an open mindが重要だ」と述べたのが印象的だった。自分の結果と合わないデータや、新しい肺傷害に関する概念が出てきても、感情的に否定しないで受け入れなさい、そして、自分のデータと統合して考えていきなさい、とでもいうことでしょうか。すべての分野に当てはまるフレーズですね。Keep an open mind、あるいはKeep your mind open、いい言葉だね。

2009年2月16日月曜日

信州酒蔵ツアー

信州の古い酒蔵を見学に行き、酒造りの苦労話と、試飲(こっちが主目的か)する会があった。信州大学がご贔屓にしている居酒屋の親父さんが主催者で、昨年に続き、今年は教室の先生と一緒に参加した。

僕より少し若い藏元の、酒造りに関する説明が、昨年同様、大変明快である。そしてそれ以上に、大学の化学科に進んだ後、酒造りを継ぐことに決めた経緯や、その後の大変な苦労とちょっとした成功、そして今だに酒造りは難しく、発展途上であるということを、ユーモアを交えて淡々を語る、その内容に胸を打たれる。いい酒を造るために考え努力し、さらに考え努力し...その先に、ほんの少しの成功を得る...というストーリーに感動する。

ここには、「努力すれば、いつかは報われる」という古風な世界観がある。残念ながら、医学の世界では、今、こうした古風な価値観が崩れつつあるのかも知れない。但し、「努力する」とは、身の丈を越えたテーマに、何の準備もせず、徒手空拳で挑むことではない。これは無謀と呼ばれる。この辺の兼ね合いが難しいんだろうね。無謀の方が、ずっと楽なんだろうなあ。

ともあれ、「努力」、すなわち、夜遅くまで論文を読み、実験(臨床)をして、とことん考え詰めた人が、いつかは必ず報われる世の中であって欲しいと願う。そうでないと、医学が進歩しないじゃないか。僕は、藏元の言葉を聴きたくて、来年も参加するだろうと思う。 教室の人も、来年、参加してみませんか。きっと勉強になりますよ。お酒のお土産もつくしね。

2009年2月13日金曜日

2008年度 ASA Refresher Course輪読を終えて

2008年5月から始めた2007ASAリフレッシャーコースレクチャーの輪読会が終了した。クリニカルクラークシップ(5年生)に読んでもらったコースも含めると、約120のレクチャーを輪読したことになる。毎回、スライドでの発表形式をとり、学会発表の練習も兼ねた。回を重ねる毎に、lecturerの写真を入れたり、イラストを添えたりする人も増えて、各人が発表に工夫するようになった。それでも、発表の声が小さかったり、カンファレンス係が不在だと、誰も司会をしようとしなかったり、まだまだ気になることもある。でも、来年度も続けるので、皆の意識が少しずつ変わっていけばいいと思う。

僕が赴任して最初に感じたことは、麻酔の知識や技術に関して、教室全体としてのディスカッションがないことだった。自分の麻酔には、とてもこだわりを持っているのに、自分以外の麻酔管理には、無関心・無頓着に思えた。そこで、麻酔の知識の共有化のために、ASAリフレッシャーコースを輪読してみた。最初はMiller's Anesthesiaを後期1年目の先生と読もうとしたけど、挫折したので、教室全員で読んでみることにした。

どうです、結構面白いレクチャーがあったでしょ。麻酔専門医でも、案外、知らないことがあったり、昔の知識が通用しなかったりするもんです。小さい教室では、すべての分野の専門家がいないので、スタッフが毎週何かをreviewしても(これがまだちゃんとできていないが)、全分野を網羅できないので、ASA  refresher courseを輪読して、麻酔の全分野に精通するよう心がけるのは大事だと思う。

そして、AHAガイドライン、ACCPガイドライン、麻酔学会からのガイドラインなど、適宜、付け加えて分担して発表してもらいましょう。知識と技術の普遍化をしなくなったら、「教室」でなくなるからね。

こうした機会を持ちながら、麻酔全般の知識と技術を向上させ、自分が進む方向性を見つけてくれたらいいと思っています。