2010年12月12日日曜日

26年振りのピッケルとアイゼン

昨日、医学部山岳部の皆さんと一緒に五竜岳遠見尾根(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E7%AB%9C%E5%B2%B3)で雪上訓練(雪訓:通称 せっくん)に行ってまいりました。この歳になって、何を今さら雪訓(?)ということで、麻酔科山岳部の諸君には声をかけずらかったし、僕自身、行くべきかどうか迷ったのですが、行ってよかったぞ、せっくん!? 








午前中から、いろいろなヴァージョンの滑落停止練習に参加しました。実際には、アイスバーン雪壁を滑落すれば、まぁ止まらんし命はないわな、と思いながらも、26年振りに持ったピッケルの感触が心地よかったです。久し振りにヘルメットもかぶれて楽しかったです。26年以上前ですが、僕が所属していた山岳部所有のヘルメットは、先輩が工事現場からもらってきた(自主的にもらってきた?)白ヘルに、「闘争」とか「○■派(セクトの名前)」とか書かれたものでした。先輩たちは、下界で振り回していたゲバ棒を、ピッケルに持ち替えて山に登っていたのですね。

せっくんの後半は、これまた26年振りにアイゼンを履いて、雪壁の登攀練習をやりました。前日買った12本歯のアイゼンは、昔よりかなり進歩しており、これなら中高年をどこにでも連れて行ってくれそうでしたね。若い頃、春は残雪斜面で、夏は剣岳の定着合宿で、そして初冬は滋賀の比良山系で「せっくん」をやり、冬山に備えました。実際、そんな学習効果が発揮される山々を目指してはいなかったのですがね... それでも冬山でザイルを出す場面では、いつも頭の中で「せっくん」の学習内容を反芻していましたね。

今から思えば、「せっくん」とは麻酔/救急におけるACLS(Advanced Cardiovascular Life Support)のようなものだったのですね。違いは、自分自身が蘇生される側に回るかも知れないので、そうならない方法を学ぶということでしょうか。今回の訓練の最後に、ビーコン(beacon)を使って雪崩遭難者救助の練習をしました。ビーコンは26年前はなかったですね。富山県警が1988年に導入し、総務省や警察庁が高性能のビーコンを開発したそうです(http://www.soumu.go.jp/soutsu/hokuriku/resarch/houkoku.pdf)。ACLSが5年毎に更新されるように、「せっくん」も26年の間に、かなり進歩しているのでした。

「せっくん」の合間に、唐松岳がチラッと見えましたが、残念ながら鹿島槍は見えませんでした。午後からは吹雪いてきたので、オープンしたばかりの五竜スキー場アルプス平のゲレンデ横を、膝上まで沈みながら下山したのでした。麻酔科山岳部の諸君、次はいよいよ年末年始の燕岳(http://www.enzanso.co.jp/sansou/ivent/toukieigyou.htm)と、2月の上高地(スノーシューで)でしょうか。