2009年12月28日月曜日

新たな1年へ

2009年が終わろうとしています。2009年、僕たちの教室にとってのeventsは、(1) 教室員数名が愛知医大のK教授のもとで、エコーガイド下神経ブロックを研修してきたこと、(2) 杉▲先生が岡崎の生理学研究所に国内留学したこと、(3) 菱△先生が榊原記念病院で心臓麻酔研修したこと、(4) 柴○先生と井■先生が名古屋市立大学のS教授のもとでICU研修したこと、(5) 坂●先生先生が日本麻酔科学会総会(神戸)でシンポジストとして発表したこと、(6) アメリカ麻酔科学会 (ASA) に8演題採用されて10数名の教室員がNew Orleansでの学会に参加したこと、(7) JB-POTに数名の合格者が出たこと、などでしょうか。

来年は年明け早々1月より、○股先生が仲間として加わってくれますので、教室の臨床の幅が広がり、研究面では電気生理に加え、免疫染色やタンパク定量の同時計測などで、一歩進んだ研究活動を展開できると思っています。目指せ、IF 10以上の雑誌掲載!! です。来年度中には、岡崎の生理学研究所から杉▲先生が成果を持ち帰ってくれるでしょうから、電気生理部門も強化されて研究が発展すると思います。臨床では、石◇先生が4月から、国立循環器病センターでの1年間研修に出ますが、奮闘を期待しています。そして再来年以降も、後に続く人が出て欲しいと願っています。

4月末には、信州松本で日本神経麻酔集中治療研究会を主催しますので、来松される他施設の麻酔科医/研究者と知り合い刺激を受けてください。6月の日本麻酔科学会(福岡)では田■(さ)先生が招請講演するし、菱●先生もシンポジストとして発表します。7月の日本ペインクリニック学会でも、関連病院の教室員の方にシンポジストとして発表してもらいます。こうした講演やシンポジウムを通じて、他施設の麻酔科医/研究者と知り合い、先端の技術/知識を、信州の麻酔医療に反映してもらうべく努力してもらいたいと願っています。とにかく、自分の可能性を自分自身で萎めてしまわないで下さい、若者の可能性は無限なのです。最後に今年と同様、10月のASA (San Diego) には新入医局員を含めた大勢の教室員で参加して、刺激を受けて帰って来ようと思います。そしてこれ以外に教室の余裕があれば、ペインクリニックやICUでの研修にも出てもらいたいと考えているのです。

僕が赴任した後、これまでとは少し違った教室の方向性を目指しているように見えるかも知れません。しかし「根っこ」は同じです。若者の可能性を伸ばし、良質の麻酔科医を育てること」こそが教室の使命です。そして、医療/医学が、最終的には患者さんのための技術/学問である以上、社会から求められる「良質の麻酔科医」という概念は時代とともに変化せざるを得ません。つまり、「良質の麻酔科医を育てる」という教室の戦略は未来永劫変わりませんが、各時代の要請に応じ、その戦術は変更していくべきです。

医療/医学が大きく変動している現代においては、新たな技術/知識が日々、増え続けています。このような時代においては、どのような麻酔医療が後世に残るのかを、見極める力が求められます。そのためにもっとも重要なのは、温故知新だと考えています。すなわち、若いうちに良質の過去の論文を沢山読んで、現代の医療に応用すべく自らプロトコールを作成して臨床/基礎研究を行い、学会発表し、その内容を論文化(できれば英文)することが重要です。そうすることで自分が周囲から認められ、外国を含めた他施設に知り合いでき、新たな情報やアイデアが得られ、共同研究の可能性が生まれるという、プラスのスパイラルに身を置くことができます。このように、自らでsomething newな仕事をしていけば、将来、良質の麻酔科医に成長できると信じています。どんなちっぽけな仕事でもいいので、「人のしないことをしよう」と僕が言い続けている所以です。

来年度から、僕たちの教室に何人かの若い仲間が加わってくれることになりました。この若者たちに「良質の麻酔科医」になってもらうために、全力を挙げて教育していきたいと思います。そして、教室のスタッフの皆さんは、1年間、忙しい中にも笑顔を絶やさず頑張ってくれて、御苦労さまでした。心より感謝しています。新たな1年に向けて、教室員皆さんの目標を設定して、各人の高みを目指してほしいと思います。教室は、皆さん全員の希望を叶えるべく、最大限に努力していきたいと思います。

では来年も宜しくお願いいたします。年明けに皆さんと笑顔でお会いできるのを楽しみにしています。よいお年を。

2009年12月14日月曜日

1年経ちました

12月も半ばとなり、慌ただしい師走に入りました。今年の1月より小文を書き連ねて1年が経ちました。「ブログ」という柄ではないので、身回りの事象やtoo contemporaryな内容は避け、教室の方々へのメッセージとして書いてきました。数回で終わるかと心配でしたが、のんびりペースで何とか1年継続できました。よかった、よかった。

僕が赴任して2年が経ち、教室も少し落ち着いてきたのではないかと安堵しています。たとえ教室という小さな組織でも、組織は組織です。皆さんが主宰者の顔色を窺うような個人商店ではなく、小さいながらも一人一人の目標に向けて、組織としてサポートしていける民主的な教室でありたいと願います。そのためには教室を盛り上げるように、一人一人の自覚的な協力や貢献が不可欠です。臨床、教育、研究それぞれに、教授が一々口を出さなくとも、皆さんが自主的に動いて、この教室でのベストな方法を生み出していきましょう。宜しくお願いいたします。

さて先週末、岡崎の生理研(自然科学研究機構 生理学研究所)で痛みの研究会(http://www.nips.ac.jp/cs/2009itamiHP/2009itami_annai.htmlがあり、教室員4名に行ってきてもらいました。来年の1月から僕たちの仲間に加わる川◆先生も講演するし、教室の杉▲先生も生理研に国内留学しているし、そして何より来年から研究を開始する人達に、ショックを受けて欲しいと思い参加してもらいました。どうです、びっくりしたでしょ!! 発表する基礎の先生方が、何を喋っているか全然わからなかったのではないでしょうか。僕も20年近く前はそうでした。研究に関する基礎知識が不足しているのに加え、次から次へと新たな概念が出てきて、研究会に行く度に途方に暮れていましたね。

こればっかりは仕方がないのです。医者は卒業した後、診断・治療法の習得に明け暮れて、病気/病態の背景を探るといった、科学的な思考を身につける機会が少ないのです。そして、学位研究の頃初めて、厳密な科学に出会う人も多いのです。しかし卒業して何年も経って出会った科学の世界は、すでに重箱隅化して棲み分けられた世界です。僕たちは「痛みって何?」という根源的答えを求めて研究を志したつもりでも、基礎研究の現場では「●△による神経障害性疼痛の際の□▲レセプタを介した■◎キナーゼ・キナーゼの活性化」というようなテーマが主体となり、なかなか他分野の素人を寄せ付けないのです。専門化/細分化された領域は言語を特殊化するのが世の習いです。法曹界然り、医者や職人の世界然り、そして職業科学者の世界も、(意図せず)technical termという隠語で他者を排斥しようとするのかも知れませんね。だからたとえびっくりしても逃げ出さないで、臆面もなくその世界に入り込んじゃえばいいのです。やがてその内、その領域の重箱隅研究者くらいにはなれるはずです。

医者は卒業後、臨床にどっぷり浸かって臨床の「曖昧さ」を理解することが重要だと思います。その後、基礎医学の厳密な世界に出会ってびっくりしても、やがて時間とともに馴染んでいきます。但し、最初に持った「違和感」を決して忘れないで欲しいと思います。この「医学を科学しようとする際の違和感」を持つのは臨床医にとって健全で、やがて財産となるはずです。「臨床の曖昧さ」と、「厳密性を保持しようとする基礎医学への違和感」を埋めるのが、臨床医研究者(MD researcher)が行う研究の役目だと考えるからです。

これまで、基礎医学に不勉強であった自分を恥じる必要はありません。僕たちは麻酔薬で意識をなくす患者さんを日々見ています。鎮痛薬で痛みをなくす患者さんや、あるいはどんな鎮痛薬でも除去されない痛みを持った患者さんを日々見ています。こうした観察を通じても、意識や痛覚に関する「理論」は演繹されないかも知れませんが、ある種の「信念」は形成されるはずです。この信念こそは臨床医だけに得られるもので、現象の本質を含んでいると考えます。そして僕たちは、この信念につながる「理論」を求めて、基礎的研究を行おうとしているのです。これがMD researcherの研究動機であり、純粋科学を追及しようとするPh Dとの違いだと思います。

小林秀雄 は、「...(人間の)覚悟というのは、理論と信念とが一つになった時の、言わば僕等の精神の勇躍であります...」と述べています。この言葉はまさに臨床医として研究に臨む者の「覚悟」としても、当てはまるのではないでしょうか。

2009年12月7日月曜日

肉眼の科学も捨てたもんじゃない!

少し前ですが、「情熱大陸」というTV番組で佐藤克文さんを特集していました(http://www.mbs.jp/jounetsu/2009/11_22.shtml)。今年の東大生命科学シンポジウムで、講演を楽しく聞かせてもらった海洋生物学者でした(http://www.biout2009.info/lecture/lecture_c02.html)。このシンポジウム冒頭で、東大の海洋研究所が岩手県大槌町にあるので、「岩手にある東大から来ました」と言ってウケていたのを覚えています。

佐藤さんは、ワタリアホウドリなどに付けた3次元加速度計からのデータから、恐竜の仲間であるブテロサウルス(翼竜)の体重が100 kgに及ぶと推定されるので、風速ゼロの環境下での羽ばたき筋力では離陸できないという衝撃的な報告をしました(http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2524733/3394407)。つまり、最初の鳥類は飛べなかった!、ということで、ダーウィンの「自然選択」に矛盾するかも知れませんね。いずれにしても、 この佐藤さんの研究では、僕達の教室のH.T.先生が麻酔科医のエネルギー消費を測定するために、腰に付けている3次元加速度計の小さいものを、ワタリアホウドリにつけたというだけです。それでも、麻酔科医が手術室で走り回って消費しているエネルギーを調べるより、ワタリアホウドリの羽ばたきデータの方がはるかにダイナミックで面白そうですね。

その他、佐藤さんはウミガラスが潜る時の体温保持の仕組みや(http://www.sciencedirect.com/science?_ob=MImg&_imagekey=B6VNH-4MXBFD8-2-7&_cdi=6179&_user=8062752&_orig=search&_coverDate=06%2F30%2F2007&_sk=998529997&view=c&wchp=dGLbVlz-zSkzV&md5=cabb52b953d4afe4cdd081e46ede6519&ie=/sdarticle.pdf)、変温動物であるウミガメが、周囲の水温よりもむしろ高い体温で保持されていることを証明しました。これって、ウミガメは機能的には恒温動物だということで、大変な発見だと思います。そしてペンギンは潜水艦のように、浮かび上がる時にはほとんどヒレを動かさずに肺の空気の浮力だけで浮上して、水面近くで空気を吐き出して速度を落とすことや(http://jeb.biologists.org/cgi/reprint/205/9/1189)、逆にアザラシは空気をほとんどはき出してから潜るので,300mの深さまでまでヒレを動かさずに一気に落ちるように潜ることを発見しました。 うーん、すごい!!  アザラシは江頭2:50よりはるかに偉い、これは冗談。

僕達の医学の世界では、病気/病態のメカニズムを知るためには、最新のカッコいい機械/技術を用いて、1個の細胞の1個のチャネルの電気活動や、タンパクの動態、あるいはDNA変化を調べないといけないと思い込んでいます。しかし佐藤さんのように、比較的単純な加速度計やビデオだけの計測系(データロガーと呼んでいる)のような、「肉眼で見える科学」が生命現象の謎を解き明かすことに感動しました。もしかしたら科学の進歩は、方法論に依存しないかも知れないね。自らの身の丈にあった技術と、生命現象を考え続ける姿勢が重要なのだと思います。こうした佐藤さんの研究姿勢は、小・中学校の夏休みの自由研究の延長にある、子供の好奇心そのものですね。佐藤さんの原点は、「誰もやらない事をやれ」というお父さんの教えだそうな、妙に納得しました。

最後に

-東大生命科学シンポジウムでの、佐藤さんの大学院生募集文-

「求む男女。ケータイ圏外、わずかな報酬、極貧。
失敗の日々。絶えざるプレッシャー、就職の保証なし。
ただし、成功の暁には知的興奮を得る。
ダーウィンもニュートンも田舎にこもって偉大な発見をしました。
岩手県大槌町で研究三昧の大学院生活を送ろう。」

うーん、いい募集案内です。僕は、「わずかな報酬、極貧」を「まあほどほどの生活」、「岩手県大槌町」を「信州松本」に代えて、「ダーウィンもニュートンも田舎にこもって偉大な発見をしました。信州松本で世界を見据えて、臨床、研究三昧の麻酔科医生活を送ろう。と言いたいですね。